≪短信:裁判所“自作自演”の東電株主代表訴訟控訴審判決≫

仙台原子力問題研究グループに新しい投稿があります
≪短信:裁判所“自作自演”の東電株主代表訴訟控訴審判決≫

 6.6東京高裁・東電株主代表訴訟控訴審判決は、福島原発事故に対する取締役らの責任を認めた1審判決を、争点となった巨大津波の予見可能性・「長期評価」の信頼性を否定して、取り消しました。
 具体的には、取締役らの「善管注意義務」について、「前提となる過酷事故発生の予見可能性ないし過酷事故をもたらし得る津波の予見可能性を含めて判断すべきもの」<8頁>とした上で、原発では「安全性が極めて厳格に求められている」<40-41頁>ことを“逆手”にとって、「本件予見可能性が認められる場合において、一審被告らが行うべき上記「指示等」は、福島第一原発の運転停止に向けた指示(運転停止中に過酷事故の発生を防止するための工事等を速やかに行う指示を含む。)であったと認めるべきもの」<41頁>と、裁判所が“自作自演”で(原告が主張していないのに)予見可能性のハードルを勝手に上げ、即時運転停止という「指示を正当化し得る程度に合理性ないし信頼性のある根拠が必要」<同>だとして、「長期評価の見解が純粋に科学的な観点のみから意見の一致を見て取りまとめられたとまで認めることはできず」<51頁>などと「消極方向に働く事情」を縷々挙げてケチをつけ(科学仮説に対する無知・無理解)、「長期評価」は「必ずしも十分ではない」<61頁>と決め付け、「本件事故の発生についての本件予見可能性は認められず、…善管注意義務違反による損害賠償責任を負うものとは認められない」<72-73頁>としたのです。
 この判決に対しては、既に各種報道で論評され、今後も原告団・弁護団による詳細な検証(上告も含む)がなされると思いますので、これ以上は述べませんが、東電の損害賠償責任について、次の視点も補足したいと思います。
 
 福島原発事故の本質は、「炉心損傷ないし炉心溶融に至ったこと等により、原子炉から放射性物質を大量に放出する事故(本件事故)が発生した」<判決2頁>ことです。
 東電は、「炉心損傷ないし炉心溶融に至った」直接の原因である“原子炉冷却の失敗”を設計当初から予見し、それを防ぐため「止める・冷やす・閉じ込める」の多重・多層の防護対策を講じており<2013.3「福島第一原子力発電所事故の経過と教訓」パンフ>、講じていた対策・運転操作を適切に履行していれば、地震に起因する過渡変化対応途中で津波襲来・電源喪失があっても、事故は防げた可能性が高かった(結果回避可能)のですが、「冷やす」に失敗し、「閉じ込める」にも失敗したのです。
 具体的には、地震の揺れ(加速度大)により1~3号機のいずれも設定通りに自動スクラム(「止める」に成功)し、また、地震による外部電源喪失に対しては設定通りに「非常用ディーゼル発電機が起動し、炉心の冷却が始まり」<同上>、さらに、主蒸気隔離弁も閉作動して設定通りに原子炉隔離が行なわれています。その後、1号機では、原子炉隔離後の炉心の崩壊熱による原子炉圧力上昇により設定通りに非常用復水器ICが自動起動して「炉心の冷却が始まりました」<同上>。
 ところが、1号機運転員は、保安規定の運転上の制限である「温度降下率55℃/h以下」を遵守するため自動起動したICを手動で停止し<東電の全報告書での一貫した主張>、炉心冷却を意図的に中断したのです。でも、保安規定では、スクラム時(異常時)には‘温度降下率等の運転上の制限の遵守は不要’と定められており<第77条第3項:『鳴り砂 №308、312、313』>、同規定に反してICを手動停止し冷却を中断したため、早期に炉心溶融・水素爆発が起こり、それにより「2・3号機共に電源の復旧作業に大きな影響を受け」<2013.3パンフ>、事故の拡大・連鎖が生じたのです。もしも、地震後、設定どおりに自動起動したICによる炉心冷却が十分になされていれば、その後の津波襲来・電源喪失でICが機能停止してしまっても、炉心溶融を十分に遅らせることができ<『鳴り砂 №314』>、その時間的余裕を活かして、実際に津波後に行なったような事故対応(自動車バッテリーなどによる電源確保や消火系による注水その他)を行なえば、早期の炉心溶融・水素爆発=2・3号機への事故拡大を防げたのです(想定外の津波が襲来しても結果回避可能)。
 そして、そのような結果回避可能性を“台無し”にした原因は、保安規定第77条第3項を含む「異常時の措置」規定や前年(2010年)に新規作成した地震に係る事故時運転操作手順書(AOP:第22章)を事故前の「保安教育」で周知徹底していなかったことと、前年(2010年)にIC作動圧を(主蒸気逃がし安全弁よりも)低く設定した保安規定の重大変更事項をキチンと「保安教育」で周知徹底しなかったことにあるのです。
 従って、東電が「保安教育」を適時適切に実施せず、運転員が保安規定第77条第3項に反してICを手動停止させ、それまで設定通りになされていた冷却を中断し、結果回避可能性を“台無し”にした事実に鑑みれば、東電(少なくとも保安規定上の「発電所の保安に関する組織」の長たる社長)には、善管注意義務違反はもちろん、旧炉規法第37条4項の保安規定遵守義務違反があることから、損害賠償責任を負うことは当然だと思います。
<2025.6.9記 仙台原子力問題研究グループI>