会報「鳴り砂」2026年5月号(2-142号)
会報「鳴り砂」2026年5月号(2-142号)別冊
<インフォメーション>
■女川原発はテロ攻撃に耐えられるのか?-原子力規制のあり方と原発の安全性を考える-
〈講演〉後藤政志さん(原子炉格納容器技術者)

日時:5月23日(土)13時40分~16時(開場13時20分)〈参加費無料・申込み不要〉
会場:仙台市シルバーセンター第一研修室(青葉区花京院一丁目3-2)
【ZOOM】ミーティング ID: 810 7501 9181 パスコード: 281442
https://us06web.zoom.us/j/81075019181?pwd=O0ZZDMuFl9mF1RxmCsXF0MSlDKTug5.1
主催:さようなら原発みやぎ実行委員会
〈連絡先〉090-8819-9920(舘脇) E-mail:hag07314@nifty.ne.jp
■福島原発事故刑事裁判報告の集い in 仙台 ~東京電力旧経営陣が無罪でいいのか

日時:6月6日(土)開場13:30 開会14:00~16:30 〈入場無料〉
会場:仙台市戦災復興記念館5階会議室(仙台市青葉区大町2-12-1)
【報告】甫守一樹弁護士(弁護団)「東電刑事裁判を振り返る」
佐藤和良さん(福島原発刑事訴訟支援団団長)「東電福島原発事故は終わっていない」
【上映】ドキュメンタリー映画 『主権在民』
【発言】篠原弘典さん/中嶋廉さん/芳川良一さん
主催:福島原発刑事訴訟支援団・福島原発刑事訴訟報告会宮城実行委員会
協力団体:みやぎ脱原発・風の会〈連絡先〉090-8819-9920(舘脇)hag07314@nifty.ne.jp
<鳴り砂1面論文です>
「規制の虜」再び?! 安全をないがしろにする規制委員会・東北電力に抗議の声を
「テロ対策施設」が未設置の女川原発は運転再開するな!
■「県民集会」に400人が結集!
3月28日、仙台市勾当台公園で開催された「わたしたちはフクシマを忘れない!さようなら原発宮城県民集会」はおだやかな天候にも恵まれ、市民400人が参加した。
「みやぎのうたごえ」の息の合ったコーラスが流れる中、思い思いののぼり旗やプラカードを持った市民が続々集まってくる。最初に主催者あいさつで多々良さんが登壇する。「私は柄谷行人の言葉を思い出します。第1に反原発運動は長く続くということ。第2にこれは原発にとどまらず日本の社会を根本的に変える力となるだろうということです。つまり私たちがやろうとしている原発ゼロの日本を作るということは、それだけ難事業だということです。私たちが相手にしているのはこの国を牛耳っている巨大な権力構造ですからこれと戦うのは大変です。しかしだからこそ、こんなやりがいのある事業はありません。高市政権で一層顕著ですが、原発を維持して活用しようとしている勢力は、日本を戦争する国にしようとしている勢力と同じです。私たちの闘いは、国会前など全国での反戦デモとも連帯しています。最後まで元気よく歩きましょう。」
続いて、福島県浪江町で原発事故の被害にあった「ふるさとを返せ!津島原発訴訟原告団相談役」の馬場績(いさお)さんが発言する。「原発なくすまでともに命をかけて闘いましょう! 私は正真正銘の百姓です。汗まみれになって、牛とともに土とともに生きてきました。膨大な借金をして基盤整備し、家や畜舎も建てた。それから20年、30年たち、やっと借金も返し普通の生活ができると思ったら、あの原発事故で全てを奪われました。事故当時、浪江町民2万1500人のほとんどが避難しましたが、1,450人の津島地区は1万人を超える避難者で溢れ、大混乱のるつぼの中で、食も暖もとれない命からがらの避難を強いられ、事故が悪化する中で、二本松への避難を余儀なくされました。原発はいらない。女川原発も廃炉にしましょう。憲法 13条が保障され、人間の尊厳が保障される世の中を作るために共に頑張っていこうではありませんか。」
さらに福島から新潟に避難した大賀あや子さん(新潟県民ネットワーク事務局長)。「私たちは3.11直前、『ハイロアクション・福島原発と私たちの未来』というシンポジウムの準備をしていました。2011年3月26日は福島第1原発がちょうど40 年目だったのです。今こそ広く廃炉時代の地域社会を考え始めようという新たな取り組みに希望を持っていました。しかし事故が起こり、私たちは緊急避難の途上から、放射能測定や、避難指示拡大を求める活動に走り始めました。私たちが長年恐れてきた惨事をついに食い止められなかったという絶望感、私たちはふるさとを失いつつあるという悲嘆に苛まれながらの活動でした。再び原発事故が起きれば取り返しのつかない被害を生じてしまう。誰にも2度と経験して欲しくない。2012年6月には、国会で子ども被災者支援法が全会一致で成立しましたが、福島県内の避難指区域外の住民には甲状腺がん検診など一部の政策のみで、福島県外の住民はほとんど対象にしない。その後住宅支援の打ち切り、子どもたちの保養事業への補助金の減額といった状況が進んでいます。病気や貧困、家庭崩壊やいじめ 、コミュニティの変容、孤独死、自死といった困難が、被災地でも避難先でも現れています。全ての被害者の救済を求める活動に終わりはありません。
一方で柏崎刈羽原発の再稼働問題です。新潟県では1996年巻原発建設計画に対して、2001年には柏崎刈羽でのプルサーマル導入計画に対して住民投票で反対多数となり計画を止めた歴史もあります。今回の県民投票直接請求は14 万人余の署名で請求したのですが、 2025年4月臨時県議会で否決。7月の世論調査では県民投票が良いという答えが57%と過半数。10月東京電力と国は再稼働すれば1000億円規模の基金を新潟県に提供するとしましたが、それでも賛否の回答はあまり変わりません。11月の新潟県庁包囲の人間の鎖行動には1200人以上集まり熱が高まりました。しかし12月定例県議会で再稼働の地元同意を決めてしまいました。この間、柏崎刈羽原発6号機ではトラブルや停止が相次いでいますが、そんな中、新潟県知事選を迎えます。私たちは新しくリーフレットを制作し、特に若い世代に読んでもらうことを目指して工夫してきました。この資金 500万円をクラウドファンディングでお願いしています。」
次に大崎住民新訴訟原告団副団長の芳川さん。「私たちは放射能で汚染された稲わらなどの汚染廃棄物の試験焼却に反対し2018年10 月に仙台地裁に提訴しました。その後控訴を経て最高裁に上告したのですが、7年間の闘いの甲斐なく2025年11月に棄却されてしまいました。行政は住民が内部被ばくに怯えていることを一顧だにすることなく焼却をいまだに続けています。私たちはここで引き下がるわけにはいきません。棄却されたのは試験焼却をめぐってであり、本焼却は続いています。そのため新たに本焼却を巡って裁判を起こすことにし、この3月5日に仙台地裁に差し止め仮処分の申し立てをしました。これから先には本訴が控えています。現政権の原発最大限活用の中にあって放射能拡散の問題はほっておくわけにいきません。さらに焼却は他県に運び出して燃やすということまで行われ始めました。私たちは放射能廃棄物という側面から原発反対を訴え続けていきます。」
発言の最後はFridays For Future Sendaiの鴫原さんだ。「私が環境運動を始めるきっかけの1つが福島の原発事故でした。当時小学生で郡山市に住んでいました。原発が爆発する様を見て混乱したのを覚えています。その後大学に入る頃、多くの人が反原発を求めて国会の前でデモを行ったり、全国各地で東電や国への責任を追及する訴訟を行っていることを知り、特に訴訟をやっている方々の存在は私にとっての大きな希望でした。そこに不正義があることを気づくことができる。しかし今、反原発運動が社会に与える影響が非常に少なくなってきているのではないか。気候変動に対する運動も同じです。どれだけ私たちが石炭火力発電を止めるための活動をしても、森林を守る活動をしても、世界中で化石燃料を採掘して戦争を起こし続けてしまえば、地球の持続可能性は不可逆的なところまで破壊されてしまうのは火を見るより明らかです。世界は絶望的です。しかしこの世界を正しく絶望するところからしか、この情勢をこの局面を突破するきっかけは生まれない。今日この集会・デモで何かが変わるわけではないけれども、今後もずっと続くこの社会を変えるための1つのきっかけにすることはできる。今日初めて会った人、隣の人と話して是非読書会を始めてください。学習会を企画してください。『みちのく電記』の上映会を企画してください。今必要なのは、この情勢を一緒に絶望して、そして答えのない社会運動に歩む仲間を増やすこと。原発をなくし気候危機を止めて戦争に反対して止めていく、こういうあまりに無謀なプロジェクトに愚かにも参加したいと願う人々を増やしていくことではないでしょうか。そういった無謀で愚かな人々が、この差別が蔓延する社会で、単純で表面的なストーリーを拒否して地道に社会を作っていくことではないでしょうか。」
まさに反原発運動が、原発にとどまらず様々な課題と結びつき社会を変える大きなパースペクティヴをもった運動であること、しかしだからこそすぐに大きな変化は現れにくいものの、その必要性と大義について改めて5人の発言を聞いて参加者は確信したのではないか。
その後デモに移る。久しぶりの勾当台公園からのデモで県庁・市役所を横目に、子どもから年配者まで様々な世代が元気に「原発いらない!」「女川廃炉!」と声を合わせ訴えた。
■特重施設の猶予延長を許すな
4月1日、原子力規制委員会は「特定重大事故等対処施設」(いわゆるテロ対策施設)について、設置猶予期限の起点を、「設工認から5年時」から、「営業運転開始時」に変更することを了承した。5月に改正案を示し、パブコメを経て年内にも施行されようとしている。これは今年12月に期限を迎える女川原発2号機の運転継続をターゲットにしている。東北電力は、業界団体とともに「ATENA(一般社団法人原子力エネルギー協議会)」の一員として、規制委員会に「3年の延長」を申入れていた。この「改悪」で女川原発2号機の猶予期間は事実上3年延長されることが見込まれている。
4月1日の記者会見で規制委員会の山中委員長は、「ATENAから、特に東北電力の女川原発の特定重大事故等対処施設の設置期限の延長についての他律的要因としての『働き方改革』を挙げられて延長したいと申し出られたわけですけども、我々議論をした上で、他律的要因としては、それは認められないということで否定させて頂きました。一方起点の変更をして(2016年から)10年という実績をつんだわけでございます。12基の特重施設の建設で5年の期限で完成したものは1基しかなく、6年以上の期間がかかったという、その事実に基づいて判断をさせて頂いたという、全く別問題として委員会として判断したということです。」と述べている。
そもそもこの「特重施設」は、福島原発事故を受けて、新たに新規制基準に盛り込まれたもので、当初は全ての原発で一律に新規制基準施行日(2013年7月8日)から5年間以内(つまり2018年7月まで)につくることが要求されていた。しかし、2016年に適合性審査の長期化、特重の審査は本体の設計が前提との理由で、始点を新規制基準施工日から、「各原発の本体施設の設工認」に経過措置規定を見直している(なぜか5年の猶予期間は同じ)。
その後、2019 年には事業者側より工事の大規模化・高難度化などの状況変化を理由に経過措置期間延長の要求があったが、当時の規制委は「福島第一原発事故の教訓の中でも最も大きなものの一つが、継続的に安全性の向上を目指していくという、この継続的改善が欠けていたということです。いたずらに期限を延長することは、継続的な改善を損なうこととなり、基準に適合しない状態を看過することができず、原子炉の停止を求めると判断したものであります」(更田委員長(当時)国会答弁)とし、延長要求を却下した。
これらのことから考えると、今回の山中委員長の言い分は2019年時の要求却下の理由を表向きは否定せずに、しかし実質的には電力会社の言い分を聞くため「10年間の実績」なるものを持ち出した「方便」にすぎない。更田委員長時代にはまだ残っていた「規制する側の矜持」が、山中委員長時代になってますます失われていることの象徴的事態といえるのではないか。
また、4月1日の規制委員会の資料 https://www.da.nra.go.jp/detail/NRA100017136 では、「上記のように変更した場合でも、現行の経過措置に基づく実績と比べて特重施設が完成していない状況で運転する期間が大幅に増えることは想定されず、また、本体施設の使用前確認(営業運転開始時)以前は原子力発電所内に貯蔵されている使用済燃料は十分に冷却されており特重施設が必要となる状況の発生は考えにくいことを踏まえれば、現行の経過措置との安全上の大きな差異はないと考えられる」(資料1の2p)とあるが、実際には「特重施設が完成していない状況で運転する期間」は3年と大幅に増え、また今回の定期点検で女川原発2号機からホットな使用済核燃料が交換のため取り出されると思われるので、「十分に冷却もされて」もいない。
特重施設自身は、この施設があることで本当にテロ対策・重大事故対策になるのか?という疑問の声(前号「鳴り砂」中嶋廉さんのお話参照)があり、後付けでの施設の有効性が疑われている。しかし今回の猶予期間の変更問題が示していることは、規制する側が規制される電力会社の言い分を聞くという「規制の虜」そのものだ。そもそも5年の猶予期間を設けていること自体が問題なのに、それをさらに遅らせることは、住民の安全より企業の利益を優先させる以外の何者でもない。
これに対しては全国の仲間が声をあげている。4月1日の規制委員会での方針決定に先立つ3月26日に、「原子力規制を監視する市民の会」「FoE Japan」などが反対署名を提出するとともに、参議院議員会館で政府(規制庁)と交渉したのに続き、5月12日にも院内集会・署名追加提出・規制庁交渉を行っており、宮城からもオンラインで参加して女川原発を狙い撃ちにしたこの変更に真っ向から反対の意見を述べている。
この「鳴り砂」が届くころには正式に規制委員会での「改正案」が提示されているかもしれないが、私たちは諦めずにパブコメで意見を出すと共に、「規制の虜の再来を許さない!」との声を上げていこう。 (舘脇)
