◆再論点整理:“虚偽”と“詭弁”の女川2「有毒ガス防護」!◆

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◆再論点整理:“虚偽”と“詭弁”の女川2「有毒ガス防護」!◆

(上記pdfのテキストですが、図などが掲載できませんので、ぜひ上記pdfをご覧下さい)

 東北電力は2月19日、女川2号機の再稼動を今年9月とすることを公表(4.30時点で変更なし)。これは、6月までに、懸案だったサプレッションプール耐震補強工事やケーブル火災防護対策工事が完了する見通しとなり、既に「新規制基準適合性」に係る2013.12.27付け原子炉設置変更許可申請(2020.2.26許可)、その後の工事計画・保安規定変更の一連の手続き(2021.12.23認可、2023.2.15認可)や地元同意が全て終了しているためです。
一方、新規制基準同様、新たにバックフィット(既存炉の基準適合)が求められた「有毒ガス防護」についても、2021.12.16申請が2022.6.1許可、工事計画は2022.9.28認可、保安規定は2023.2.15認可と、やはり全手続きが終了しており、再稼動準備万端?です。
でも、女川原発では、申請前の2021.7.12に2号機作業員7名が「沈降分離槽」由来硫化水素で中毒する労災事故が発生。ところが、以下のとおり、東北電力は、法の求める「有毒ガス検出・警報装置の設置」を回避するため、事故原因について虚偽説明をし、「2号機流入を防ぐ」だけの「再発防止策」で「硫化水素発生の危険性がすべて解消」されたかのように偽装し、「沈降分離槽」は硫化水素発生・放出源でないと“詭弁”を弄し、環境中に無処理放出される硫化水素の安全確認等も怠っています。一方、規制委も、“詭弁”を鵜呑みにし、事故の独自検証・教訓化もせず、形式的審査のみで合格を与えました。
そこで、『鳴り砂№305』「最終整理」+「12.9公開学習会」後、改めて各種資料を見直し論点を整理した結果、東北電力・規制委の「有毒ガス防護」申請・審査の抜け落ち・問題点や、これまで言及しなかった地元自治体の責務等が判明しましたので、報告します。

≪「有毒ガス防護」の法的要求は「検出・警報装置の設置」!≫
そもそも、「有毒ガス防護」は、「原子炉制御室の運転員が、敷地内外で有毒ガスが発生した場合でも必要な操作を行なえること」を目的とするもので<『ガイド』1.総則の1.1目的>、そのために「原子炉制御室(設置許可基準規則26条)」および「緊急時対策所(同規則34条)」ならびに「有毒ガスの発生源の近傍」に、有毒ガスの「検出装置」や「警報装置」の設置を法的に求めているのです【2022.6.1規制委資料2:審査書(案)2頁(規則26条の記載)】。
ところが、東北電力は、『影響評価ガイド』<後述>を参照したとしながら、その実、硫化水素に対する影響評価を全く行なっていないにもかかわらず、口先だけで「評価結果が…判断基準値を下回ることを確認し、新たな防護措置を講ずることなく、運転員を防護できる」として、法が求めた「検出・警報装置の設置」“なし”で、申請を行なったのです。それに対して規制委も一切異議を唱えず、「26条に適合する」と判断したのです【2022.6.1審査書(案)6頁】。
これは、東北電力が、「新たな防護措置」である「装置等の新設」を行なえば、関連する耐震性や電源確保や火災防護・内部溢水防護など、「有毒ガス防護」以外の様々な審査項目の変更・安全性評価が必要となり、単なる文言の部分修正・加筆では済まなくなって、時間も手間も経費も人員も余計にかかり再稼動に悪影響(遅延+経済性悪化)を及ぼすことを危惧し、さらには、『安全協定』に基づく地元自治体との事前協議・同意手続きも必要となり、時間がかかるだけでなく、地元住民・県民に広く「有毒ガス防護」問題の重要性と7.12事故の真相・問題点が明らかになることを恐れたためと思われます。
一方、規制委も、他の原発で行なってきた‘ワンパターンの書面審査・装置等の新設なし’を踏襲し、女川2だけ別個に審査する手間を回避し、『ガイド』の不十分性<後述>を隠し通したい思惑・利害一致もあって、“波風立てずに”合格させたものと思われます。

≪2021.7.12事故“原因隠し”のための「虚偽説明」=基本知識の欠如≫
さて、事故について東北電力は、1号機ランドリドレン処理系の「沈降分離槽」で、②沈澱していたスラッジ(汚泥)中に「多量に蓄積」していた硫化水素が、事故当日の空気注入時に「多量に放出」(●●●●●)されたため、③「換気空調系(排気能力●●:右)で排出し切れない硫化水素(●●●:左)」が、ランドリドレン処理系を1・2号機間で設備共用するためのオーバーフローライン・接続配管を逆流し、2号機へ流出してしまったと、繰り返し説明しています(現在も撤回せず!)【2022.4.8規制委との最終面談資料3・別紙11(236枚目)等々】。
でも、事故の“真の原因”は、事故当日、換気空調系の排気可能速度700㎥/hはそのままで、通常時434㎥/hの2倍の圧力=868㎥/hの圧縮空気を注入(30分間)したという“単純な作業計画ミス”だったことが、宮城県等地元自治体の開示資料【2021.11.15立入調査の確認票】から明らかになりました(東北電力は未だにそれらデータを非公表!)。
そのような「注入速度・換気速度のアンバランス」によって注入空気自体をそもそも‘排気し切れず’(しかも、スラッジから発生した「硫化水素●」は微量:後述)、排気し切れなかった注入空気(硫化水素含有)の一部(84㎥/30分間)が「接続配管」を逆流し(“作業計画不備”で隔離弁も開けたまま)、2号機制御建屋2階へ流出してしまったという、ある意味で「特異」(1号機の硫化水素⇒2号機で労災発生)かつ「単純」な事故だったのです。<*単純ミス・計画不備が原因となると、作業を計画した東北電力が「労災事業所」として何らかの不利益が生じたり労災賠償責任を課されるため、予見不可能な「多量蓄積・放出」が原因と言い訳(労災隠し?)しようとした可能性もあり?>
そして、硫化水素の致死濃度は「700ppm以上」とされ【厚生労働省HP資料】、幸い7名全員が死亡せずに中毒症状で済んだ事実に鑑みれば、流出・吸引した硫化水素濃度はせいぜい「100ppm(1万分の1)レベル」と推測され、すると、30分間の空気注入量434㎥に対し、スラッジから放出された硫化水素は、単純計算でその1万分の1の「0.0434㎥=約43L(リットル)」(物質量で約2mol)でしかありません。それを、硫化水素が「多量放出」されたため‘排出し切れず’というのは、完全な「虚偽説明」でしかないことは明らかです。
そして、『多量蓄積・放出理論』を思いついた東北電力や、それに異を唱えなかった電力中央研究所も、その明白な虚偽に気付けなかった(見破れなかった)規制委や石巻労基署も、そもそも「硫化水素」が正しくは「硫化水素を含有した空気」であり、その挙動・危険性には‘濃度・混合比が重要’なことを全く理解しておらず、基本的な化学知識に欠けていたことは明らかです。そのような非科学的「虚偽説明」がまかり通ったのが、女川2「有毒ガス防護」申請・審査だったのです。

≪A:硫化水素流入「完全ゼロ」には「共用解消(新設)・配管撤去」≫
ところで、福島原発事故後の“安全思想”は「経済性より安全性優先」で、‘予測できる危険性は費用を惜しまず予め解消(完全ゼロ)する’ことです。それに従えば、「(沈降分離槽を放出源とする)硫化水素の2号機への流入」を「完全ゼロ」にする根本的再発防止策は、流入経路自体を断ち切ること、すなわち1・2号機間のランドリドレン処理系の共用を解消(=2号機で処理設備新設)し、接続配管【2022.4.8別紙11(237枚目):図中央の上向き矢印の付された配管】を撤去すればいいことは明らかです。
ところが、それにはやはり新たな「設置変更許可申請」などの諸手続き(+地元自治体との協議・同意も)が必要で、さらに現実には2号機原子炉建屋には処理設備新設のスペースもないため、東北電力は(それを支援する規制委も)上記根本対策には一切言及しようとしないのです。

≪B:処理方式変更=沈降分離槽撤廃でも「完全ゼロ」は実現可能≫
 では、設備共用・接続配管をそのままにして、硫化水素流入を「完全ゼロ」にする再発防止策はないかと言えば、現行のランドリドレン処理方式を変更し、硫化水素の発生源たる沈降分離槽そのものを撤廃すればいいのです。
実際、女川2では、「火災防護」の観点から、固体廃棄物処理方式を変更し、既設のプラスチック(可燃性)固化装置を撤去し(しかも1号炉との共用を取り止め:やればできる!)、セメント(不燃性)固化装置を新設し(柏崎刈羽原発では2010年変更申請。女川は13年遅れ!)、不要となった移送配管を撤去するとのことです<東北電力2023.9.7資料2-1:p.25(ただし既存の1号炉セメント固化装置の共用は継続)>。
 そもそも、現行の1号機ランドリドレン処理設備は、設計当初予定していた「全量海洋放出(たれ流し)」(当時稼動・建設中の他の原発でも同様の設計方針)では漁業者・反対運動の理解を得られないことから急遽追設されたもので、活性炭・凝集剤添加により発泡抑制を行なう<S49.1.28「S49原子力委員会月報19(6)」原子炉安全専門審査会>という特殊な「処理方式」です(当時は最先端?でも今はおそらく時代遅れ)。
そして、2号機増設時は、経費(+スペース)節減のため接続配管の敷設だけで済むよう、隣接1号機の既設設備を「共用」することにして、「ランドリ廃スラッジは、ランドリ系沈降分離槽に貯蔵後、固体廃棄物焼却設備で焼却」するとしたのです【2号機原子炉設置変更許可申請書:本文+第22図抜粋】。
 それに対して3号機では、敷地が離れていて1号機までの接続配管敷設が難しかったためか、処理設備は単独で設置され、しかも「ランドリ廃スラッジ」は直接「焼却設備」に送られる方式で<3号機設置変更許可申請書:本文>、「沈降分離槽」なしでの処理が十分可能であることが示されます(他の原発でも「沈降分離槽」なしが多数なのでは?)。
従って、設備共用のまま硫化水素流入を「完全ゼロ」にするには、3号機同様に「沈降分離槽」なしの処理方式(直接焼却)に変更すればいいのです(東北電力にノウハウあり)。しかもそれは1号機廃棄物処理建屋内での設備更新で済むため、2号機原子炉建屋付属棟内のスペース不足とも無関係に、直ちに実施可能です。

≪C:東北電力の「再発防止策」では「完全ゼロ」は不可能!≫
 東北電力は、上記A・Bの根本対策を講じることなく、「スラッジの年一回以上排出による減容(74⇒50m3以下が目標)」(科学的根拠はゼロ)や「曝気頻度見直し(従前の週一度・30分間以上:具体的数値はゼロ)」という場当たり的対策と、曝気作業時の「隔離弁閉」や「排気量増」という対症療法的対策で、硫化水素の「多量」発生は抑制され、換気空調系から排気され逆流しないから、「今回の硫化水素の流出事象が再発することはない」としています<2022.4.8別紙11(239枚目)>。でも、それらの再発防止策で、「流出事象」の原因たる硫化水素の「発生・流入」の「完全ゼロ」は実現できるのでしょうか。<*女川2再稼働時点(有毒ガス防護上は「定検終了時」)までに、全ての「再発防止策」を“完全実施”しておくのが東北電力の最低限の責務で、また、それらの実施状況を“厳正に確認”しておくのが(再稼動を容認する)規制委や地元自治体の責務だと思います。>
まず、硫化水素「発生」の「完全ゼロ」には、根源的生産者である「硫酸塩還元細菌SRB:嫌気性」を「完全ゼロ(滅菌)」にする必要があります。しかし、SRBは既に沈降分離槽の隅々(スラッジ・活性炭内や内壁面の硫化物付着層=ミクロポリス)に棲みついており、また1・2号機とも原子炉建屋内工事作業が続く限り‘洗濯・手洗いは不可欠’で、それに伴ってエサ(有機物)と硫酸塩(凝集剤)も絶えず供給されるため、曝気により活動を一時的に抑制(阻害)するのが精一杯です。
唯一考え得るのは、スラッジを一度「完全排出」し内壁付着物も洗浄するなどしてSRBの棲み処(ミクロポリス)を徹底的に減少させた上で、その後は連続曝気により恒常的に好気状態を維持することです。ところが、スラッジ排出は、事故から半年以上たって少量のスラッジ(約1.5m3)が排出され<2022.5.17河北>、その後2022.6.2の自治体立入調査時点でも約3m3が排出されただけで、50m3以下にすることさえ「完了時期のめどはたって」いないのです<2022.6.2「立入調査の確認票」宮城県開示資料:その後の排出状況報告も東北電力からありません>。一方、連続曝気は、再発防止策で曝気時には「隔離弁を閉止」する手順になったため、「連続曝気=隔離弁の連続閉止」なら「2号機からのランドリ系排水移送不能=洗濯・手洗い不能=再稼動に向けた工事作業(や再稼動後の作業)不能」となるため、排水移送・工事作業継続のために「間欠曝気」するしかないのです。
また、硫化水素「流入」の「完全ゼロ」は曝気作業時の「隔離弁閉・排気量増」によって達成されますが、隔離弁・ポンプ等の故障その他(人為ミスも含む)が絶対に起こらないという前提は、福島事故以前の“安全神話”にほかならず、今は通用しません。<さすがに東北電力もそれを認識してか、後述「予期せぬ有毒ガス防護」で対処可能と弁明。>

≪“詭弁”がまかり通った「有毒ガス防護」申請・審査≫
このように、東北電力が「C:再発防止策」で硫化水素「発生・流入」の「完全ゼロ」を実現できない(する気がない?)以上、女川2の「有毒ガス防護」は、1号機沈降分離槽での硫化水素発生・蓄積と換気空調系による放出を前提とすべきことは明らかです。
ところが、この間筆者が何度も指摘してきたように、東北電力は、「硫化水素の発生源となった当該タンクは…スラッジを…一時的に貯留しておく設備である」として、東北電力も規制委も信奉(?)する『有毒ガス防護に係る影響評価ガイド』の固定源の定義に該当する「有毒化学物質である硫化水素を保管する設備ではな」いから、「固定源として抽出する保管施設には該当しない」との“詭弁”を弄して【2022.4.8別紙11(243枚目)】、7.12事故の「再発防止策」を講じても‘沈降分離槽から硫化水素が発生し続ける’という明白な事実をゴマカし、安全評価すべき「固定源」はないと言いくるめ、最終的に「固定源」なし⇒「スクリーニング評価」せず⇒「対象発生源」なし⇒「影響評価」せずと、「有毒ガス防護」の検討・確認に必要な安全評価を一切行なわずに済ませたのです。
その一方で、硫化水素放出源たる沈降分離槽を評価対象外としたことが表向きにはバレないように、(沈降分離槽以外の)他の固定源・可動源(有毒ガス発生源)について「影響評価を実施」したとか、「固定源に対して…評価を実施し、…有毒ガスの発生源は存在しないことを確認した」と述べ【2022.4.8資料3本文(10枚目)。前出2022.6.1審査書(案)6頁と同旨】、合格を得たのです。

≪「予期せぬ有毒ガス防護」の“驚くべき手順・検出方法”≫
ただし、さすがに7.12事故という“前科”があり、前述したように隔離弁・ポンプ等の異常・ミスによる接続配管経由での流入を「完全ゼロ」と主張するのは無理と考えてか、そのような流入に対しては「予期せず発生する有毒ガス防護の実施体制及び手順を実施することにより…防護する」と弁明しています【2022.4.8別紙11(244枚目)】。
でも、その手順なるものは、「異臭の連絡又は…体調不良者の発生連絡」を発電課長(当直長)が受けてから、制御建屋4階中央制御室にいる「運転員に対して、自給式呼吸器着用を指示」するというもので、‘対応する時間に十分余裕がある’ことを前提とするものです。
しかしながら、7.12事故時のように流出場所付近一帯が危険濃度となる可能性があることは明らかで、作業員・運転員の「全員」が「同時に」体調不良(最悪は死亡)となった場合、一体「誰が」「どの時点で」発電課長へ連絡する/できる、というのでしょうか。
また、『ガイド』は、「予期せぬ有毒ガス」は種類・量が特定できないため「検出装置の設置は困難」として、代わりに「人による異常の認知(臭気での検出)」という“驚くべき検出方法”を提示していますが、危険濃度の硫化水素が中央制御室に到達した場合(比重差で上層階に達しないというのは非科学的説明)、全ての運転員が同時に等しく吸引するはずで、異常・異臭を感じてから自発式呼吸器を装着する時間的余裕が本当にあるのか、装着すれば運転継続に支障を及ぼす健康被害・中毒症状を回避できるのか、厳密に検証すべきで、そのような検証なしの「予期せぬ有毒ガス防護手順」は“机上の空論”でしかありません。そして、女川2で“十分に予期される”硫化水素流入に対しては、「検出・警報装置」をきちんと設置して安全確保すべきことは明らかです。

≪7.12事故の第一の教訓:『ガイド』想定外の微生物学的な硫化水素生成≫
そもそも、7.12事故の第一の教訓は、洗濯廃液・スラッジを単に貯留する「沈降分離槽」で有毒な硫化水素が微生物学的に生成・蓄積され、その硫化水素が(号機を跨いで流出し)作業員らに重大な健康被害(死に至らなかったのは幸い)をもたらした、ということです。そのことで、東北電力の前記“詭弁”が依拠した「敷地内外において貯蔵又は輸送されている有毒化学物質から有毒ガスが発生した場合」だけを防護対象とした『ガイド』の根本想定<1.総則「1.1目的」>が、“完全な誤り”であることが証明されたのです。
ここで、上記『ガイド』の「目的」にも「有毒ガス防護の妥当性を審査官が判断するための考え方の一例を示すもの」と明記されているとおり、各種の審査ガイドは「規則や規則の解釈のように規制要求を示すものではな」く【規制委2021.6.16「審査ガイドの位置づけ」】、あくまでも単なる参照文書・手引に過ぎないのです。にもかかわらず規制委は、自ら戒めた『ガイド』を絶対視し、策定時に見落とした(想定外の)微生物学的有毒ガス発生を新たに教訓化・追加することなく、不十分な固定源の定義に「囚われ」(まさに「規制の虜」!)、審査で最も重要な「自らの科学的、技術的、合理的な判断に基づくこと」を放棄し、東北電力の“詭弁”を鵜呑みにしたのです。

≪7.12事故の第二の教訓:低濃度硫化水素(全量放出)の危険性≫
7.12事故の第二の教訓は、本稿冒頭で述べたように、硫化水素は「100ppm=1万分の1」レベルの‘低濃度でも極めて危険’だということです(「1000分の1」弱で致死)。
前述のとおり、東北電力は、「2号機流入」は再発防止できるとし、それで硫化水素の危険性が“すべて解消”されたかの如く説明しています。しかしながら、再発防止策により‘換気空調系から排気・放出される’硫化水素は、東北電力の『多量蓄積・放出理論』に従えば「多量」のはずで、そのような「多量」の硫化水素を(2号機流入防止と引き換えに)環境中・敷地内に放出する行為は、敷地内にいる全員に(場合によっては敷地外にも!)危険を及ぼす可能性があることは明らかです。一方、規制委には、そのような東北電力の「多量」硫化水素の意図的放出の問題点を指摘し、拡散・希釈の定量的安全評価を求める責務があるのであって、それを行なわなかったのは職務怠慢・審査不十分です。
実際には、既に述べたとおり、換気空調系から排気される硫化水素は「多量」ではなく、たかだか空気注入量の1万分の1程度の「少量」ですが、それでも低濃度でも有害な硫化水素を環境中に“垂れ流し”する行為が極めて危険・悪質であることは明らかです。
ちなみに、女川2では、敷地外固定源の「アンモニア」について、「有毒ガス防護判断基準値が最も小さい」から「中央制御室の運転員…に及ぼす影響が大きいことを考慮して…スクリーニング評価を実施」していますが、その基準値は「300ppm」です<2022.4.8資料3・別紙4(152枚目)>。一方、「硫化水素」の基準値は「5ppm」<2022.5.31東海第二「有毒ガス防護」審査資料(27,33枚目)>で、アンモニアより60倍毒性が強く、実際に作業員7名を中毒させた実績に鑑みれば、環境中に放出される硫化水素についても、「スクリーニング評価を実施」するなどして安全確認すべきことは明らかです。
具体的には、換気空調系から排気される沈降分離槽由来硫化水素(7.12事故時は空気注入量2倍=2倍希釈後の流出なので、従前の曝気作業時の排気濃度は2倍の200ppm程度?)は、建物換気空気などの「気体放射性廃棄物」として1号機排気筒から環境中に全量放出されますが(換気途中で希釈されても、放出される物質量(モル数)は不変)、換気空気の処理系(図の下側の経路)には、放射性物質・微粒子除去用HEPAフィルターは設置されているものの、硫化水素吸収用フィルター・中和用トラップ槽(アルカリ溶液)等は用意されていないため、これまでも/これからも、硫化水素全量が排気筒から「無処理放出・たれ流し」され【東北電力HP「廃棄物処理概念図」に一部筆者加筆:2023.12.9風の会学習会資料】、放出された硫化水素プリューム(図右上の加筆「雲」)は、幾分かは自然希釈されるとしても、敷地内にある2号機中央制御室の「外気取入口」<2022.4.8別紙12(248枚目)>に有害濃度のまま到達し、やはり硫化水素吸収用フィルターなどが設置されていない「外気取入口」から室内に取り込まれ、‘運転員全員が同時に吸引’してしまう危険性があることは明らかです(前述の「予期せぬ流入」と同様)。
このような危険性に対しては、「外気取入口」を「評価点」として、「評価点での濃度の有毒ガスが…制御室等内に取り込まれると仮定」し、「運転・対処要員の吸気中の濃度が評価されていることを確認する」という、『ガイド』「4.4大気拡散及び濃度の評価」に準じた安全確認を行なうべきで、すなわち、1号機排気筒を放出源(固定源)として無処理放出された沈降分離槽由来硫化水素が拡散希釈後に「外気取入口」から室内に流入した場合、運転員の吸引濃度が「基準値5ppm」を下回ることを確認することが必要で、現状では、無処理放出硫化水素の安全性(敷地内外ともに)は全く証明されていないのです。<*筆者の簡易試算(ガウスモデル)でも、有害濃度の硫化水素が「外気取入口」に到達する可能性が十分あることが示されます:『鳴り砂№300、304』参照。>

≪D:硫化水素の危険性を「ゼロ」にする“超簡単”な方法≫
そのような沈降分離槽由来硫化水素にかかる安全評価を東北電力が行なわずに済ませようとするなら、『ガイド』でも敷地内固定源・可動源たる有毒化学物質について「中和等の終息作業」【『ガイド』6.2】を考慮していることに倣って、沈降分離槽・関連タンクの換気空調系、もしくは放出源(出口)の1号機排気筒、あるいは流入源(入口)の2号機中央制御室「外気取入口」に、前述の硫化水素吸収用フィルターなどを追加設置すればよく、“簡単かつ安上がり?”に硫化水素の危険性を「ゼロ」にできるはずです。
ただし、「気体廃棄物処理方式の変更」や「設備の新設」に該当すると思われますが(それらに法的に該当しなければ、9月再稼動に間に合う?)、A:共用廃止やB:処理方式変更よりは、あらゆる点で“超簡単”に実施可能なはずです。

≪無処理放出硫化水素の安全確認は地元自治体の責務!≫
最後に、繰り返しになりますが、A・B・Dの根本的対策がなされず、東北電力のC:再発防止策で硫化水素発生・流入の危険性を「完全ゼロ」にできない現状においては、敷地内の「有毒ガス発生源」たる沈降分離槽からの硫化水素に対して、少なくとも、(1)沈降分離槽を「固定源」とした『ガイド』規定の安全評価、(2)万一の隔離弁等の機器の故障等による「接続配管経由での2号機制御建屋への流入」に対する安全確認、(3)曝気作業時(週2回以上?)の1号機換気空調系・排気筒からの無処理放出による「2号機中央制御室「外気取入口」からの流入」に対する安全確認が必要です。
しかも、(3)は、敷地内に留まらず敷地外にも危険を及ぼす可能性があるため、東北電力は放出時の濃度・量などのデータや拡散計算結果などを(放射線モニター実測値などと同様に)公表すべきで、地元自治体はそれらデータや計算結果を入手し、近隣住民や敷地近くの道路の通行者(PR館の観光客を含む)などの安全確認をすることが急務です。

≪「予期できる硫化水素の防護」は「検出・警報装置の設置」≫
そして、上記いずれのケースでも硫化水素の危険性が「完全ゼロ」(流入濃度5ppm以下)と証明されていない現状では、安全側に立って2号機中央制御室流入による危険性が「予期できる」前提で対応すべきなので≪予見可能≫、『ガイド』(6.1.2.1項)に示された「有毒ガス防護」の基本的「対応」に準じて、「敷地内の対象発生源」たる沈降分離槽近傍や1号機排気筒周辺や、2号機中央制御室等の換気空調設備等に、法的要求である硫化水素の「検出装置」を、そして2号機中央制御室等には「警報装置」を設置すべきことは明らかです≪結果回避可能≫。

福島原発事故では、東京電力と原子力安全・保安院による慣れ合い審査で、本来講じられるべき「津波防護」(適切な津波想定や防潮堤・水密扉等の設置)が放置・後回しにされていたことが、結局は事故をもたらしました。女川2「有毒ガス防護」も“手遅れ”とならないよう、予期できる沈降分離槽由来硫化水素の流入に対し東北電力は「検出・警報装置」をきちんと設置し、規制委や地元自治体は硫化水素の無処理放出についても安全性確認を行なう責務があります。それらを行なうのは再稼動前の「今でしょ!」
 <2024.5.9 仙台原子力問題研究グループI>