≪追加検証:数値は語る、硫化水素流出事故の“真”の原因≫

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≪追加検証:数値は語る、硫化水素流出事故の“真”の原因≫

(以下原稿ですが、図面などは上記pdfをご覧下さい)

 ≪追加検証:数値は語る、硫化水素流出事故の“真”の原因≫
 前号『鳴り砂別冊 検証』では、宮城県・女川町からの開示文書のうち、2021.7.15付「(女川2)制御建屋における体調不良者の発生について」(事故当日の硫化水素濃度測定値)から新たに判明したことを解説しましたが、本稿では、自治体(宮城県・女川町ほか)がこの間3度行なってきた立入調査(A:2021.7.15、B:2021.11.15、C:2022.6.2に係る各開示文書)に敬意を表し(Cに係る非開示文書も含む各種の資料入手にも感謝)、立入調査関係文書で明らかになったことをいくつか紹介します。

≪立入調査時の自治体側の認識≫
 まず、Aの「講評」には、「今回は、有毒ガスによる人的被害という看過できない事象であり、ひいては発電所の安全性にも影響を及ぼすもの」という2021.7.12事故に対する評価が明記されています。ただし、「立入調査の確認票」では、事故直後で東北電力自身がいろいろと確認中だったため、特に注目記載はなし、でした。
 Bの「講評」には、「今回の問題は、一歩間違えば、従業員が亡くなったり、…状況によっては大きな問題に至るもの…」との認識が示され、また、同時に調査された「焼却炉建屋内の火災報知機作動」と「3号機原子炉建屋の点検用足場のボルト類落下」も併せて、「大きな事故の前には必ず小さな事故あるいは小さな不具合があり、それが積み重なることによって、大きな事故につながる可能性があ」ることも指摘していました。「立入調査の確認票」では、まず沈降分離槽からのスラッジ(汚泥)排出について「震災後はH23.9、H24.5、H25.9」の3回排出され、H25.9で「多くのスラッジを排出し、汚泥のレベルは低かった」ことと、処理系を共用する他の設備の保管容量が少なかった(=他の設備のスラッジ処理を優先)ため、その後は排出せず、その結果事故時には大量蓄積していたことが説明されたようです。また、遠心脱水後の「汚泥の水分含有量は比較的高い」との記載があることから、遠心脱水前・沈降分離槽内の汚泥の含水率は「極めて高い」ことは明らかで、そのような(コロイド状)汚泥が固結し、内部に硫化水素が大量蓄積(『東北電力(社員)理論』によれば)することなど、物理学的・化学的に不可能であることが分かります。
Cの「立入調査の確認票」には、非開示文書(前号記載の「2~3」)の概要が記されています(その部分は非開示とする必要はないはず)。「2」では、推定表題の、スラッジ固化処理後の固体廃棄物保管量は38,056本(容量55,000本)。「3」では、沈降分離槽スラッジは、作業開始時75.34㎥(*事故時74㎥)、2022.6.2時点で3㎥・ドラム缶12本分が排出完了、50㎥まで18週を要し、搬出完了までは45週、9月まで作業予定で、以降中断して年度内完了不能、完了時期未定。なお、「3」同様、「11」として開示されたCの添付資料・2022.6.2付東北電力「…硫化水素の流出事象に係る対応状況」(前号でも言及)でも、2022.3月末に硫化水素が0ppmとなったため、4.20からスラッジ排出し、5月末時点で3㎥排出、との記載あり。<これらのスラッジ排出情報は『鳴り砂№298 気になる動き96-6』で紹介>

≪2つの数値から判明した真の事故原因≫
さらに、注目すべきことに、Bの「立入調査の確認票」の「調査結果」欄には、「部屋換気の設計値は700㎥/h」、「空気撹拌は434㎥/h」と、特に筆者がこれまで知りたかった重要な数値2つが記載されていました【下記】。

それによれば、まず換気(排気速度)の設計値は「700㎥/h」とされているものの、ベントライン(排気用配管)の断面積が小さく=流路抵抗・圧力損失が大きいため、実際の排気量はそれ以下(1~2割低下なら630~560㎥/h)のようです。一方、空気注入量(注入速度)は「434㎥/h」と記載されていますが、これは通常時(事故前作業時)の設定値と思われ、7.12事故時は、注入圧を倍増(0.7kg/㎠⇒1.4kg/㎠【表:2021.11.5付東北電力の安全協定に基づく自治体への報告文書(協定文書)】)させていたことから、「868㎥/h」だったと推定されます(30分曝気なので、総注入量は434㎥)。
したがって、注入速度868㎥/h>排気速度700㎥/h(注入量434㎥>排気量350㎥)だったから硫化水素含有空気を‘排気し切れなかった’ことは明らかで、排気量は増やさずに空気注入量(圧)だけ倍増させた‘軽率な作業変更=単純な人為ミス’が硫化水素逆流の事故原因であることが、ようやく数値的に裏付けられました。
このように、2つの数値から、事故原因が単純な「排気量不足」だったことは明らかで、‘固結スラッジが高圧曝気でほぐされ、硫化水素が一気に噴出したので排気し切れなかった’という非科学的な『東北電力理論』などわざわざ“捏造”しなくてもよかったのです。この間東北電力が、空気注入速度や排気速度等のデータ公表を拒んできた最大の理由は、「真の事故原因=人為ミス」(もしかすると、曝気効果の低下原因がコロイド状スラッジの「固結」にあり、対策として「注入圧倍増(固結の機械的破壊)」を思いついた電力社員(『理論』考案者?)が、「注入圧倍増=注入量倍増 ⇒ 排気量倍増」という物理化学の初歩に思い至らなかった?)を隠し通すためだったことは明白です。2つの数値をきちんと記録しておいた自治体担当職員には感謝2です。

≪事故前と事故時の硫化水素濃度検証:「簡易計算」≫
さらに、上記数値を用いると、この間の筆者の試算が具体的に検証できます。
まず、『鳴り砂№298 短信』に示した、硫化水素濃度を求める「簡易計算」(曝気効果の検証)を行なってみます。
ここで、空気注入量(注入速度)は「434㎥/h(事故前の通常時)、868㎥/h(事故時)」の2通りとし、タンク気相部の曝気前の硫化水素分圧Ps₀は「1、0.5、0.1、0.05、0.01atm」の5通りを仮定し、他の条件は「簡易計算」と同じ(タンク気相部26㎥、液相部74㎥等)とします。
まず、「434㎥/h(通常時)」には、曝気前分圧(初期濃度)「1~0.01atm(1000000~10000ppm)」から、30分曝気後には「0.441654、0.252306、0.055654、0.028148、0.005681atm(441654~5681ppm)」と、いずれも約半分に低下します<逆に言えば、半分程度にしか低下しないのに、どうして週一回の30分曝気で“硫化水素抑制は十分”としたのか、不可解です。東北電力は、少なくともこのような曝気効果を定量的に検討した上で、曝気継続時間や頻度を適切に設定・増加させるべきだったのでは?>。
一方、初期分圧「1atm」での30分曝気量「217㎥」と液相部から気相部への硫化水素移行量「146㎥」を足した要排気量「363㎥」と、設計排気速度での30分排気量「350㎥」とを比較すれば、要排気量「363㎥」>設計排気量「350㎥」なので、「排気量不足」となります。これは、事故前は逆流なし(排気可能だった)との東北電力の説明と矛盾しますので、それを信じて計算すれば、排気可能な初期分圧は「0.927atm」以下と求められます(実際の排気量が1割減「315㎥」なら「0.717atm」以下、2割減「280㎥」なら「0.488atm」以下)。よって、事故前のタンク気相部の硫化水素分圧は、最大でも「0.5atm」程度だったと推定されます。

次に、事故時の曝気速度「868㎥/h」では、上記5通りの初期分圧「1~0.01atm」に対応する30分曝気後分圧は「0.319288、0.178217、0.038933、0.019681、0.003971atm(319288~3971ppm)」(約3~4割に低減)となり、また、当然ですが、いずれの場合も、要排気量「434+硫化水素移行量 X ㎥」>設計排気量「350㎥」と「排気量不足」で、換気空調系で排気し切れず逆流不可避という結果になります。
いずれにしても、事故時には、初期分圧が「0.5atm」ならもちろん(開始直後500000~終了時178217ppm)で、「0.01atm」でも(10000~3971ppm)、さらにより低い「0.0001atm」でも(100~40ppm)、逆流した硫化水素は、作業員7名に健康被害をもたらす(許容濃度5ppm)には十分高濃度だったと推測されます。

≪無処理放出硫化水素の2号機への影響検証:「簡易拡散計算」≫
次に、『鳴り砂№300 短信』に示した「簡易拡散計算」により、通常の曝気作業時(今後も継続?)に換気空調系から(1号機排気筒経由で)無処理放出された硫化水素が2号機中央制御室等に及ぼす影響について検証してみます。
ここで、空気注入速度は「434㎥/h(通常時)」とし、タンク気相部の曝気前の硫化水素分圧(放出初期値)は、通常時に換気設計値で十分排出可能な「①0.1、②0.01、③0.001atm【前出表では省略】」を仮定し、30分曝気による空気注入総量(217㎥)と「簡易計算」で求められた硫化水素気化(移行)量の合計=要排気量「①228.568 、②218.127 、③217.112」(㎥)を30×60=1800で割って排気速度を求め(①0.12698 、②0.12118 、③0.12062」(㎥/s))、それに硫化水素分圧を掛けたものを硫化水素の排出速度Qp(㎥N/s)とすると(その後他の換気空調系の排気と混合・希釈されても、硫化水素総量は変わらないので、排出速度も変わらない)、曝気開始直後から終了時(30分後)の排出速度は、「①0.020147~0.011213、②:0.001270~0.000721、③0.000121~0.000069」(㎥N/s)となります。
これらの排出速度を用い、他の条件は「簡易拡散計算」と同じ値を用い(「y=0m」、有効煙突高「He」と「z座標」は同じ「125m」、大気安定度「G(強安定)」、風速u「1m/s」)、2号機中央制御室・外気取入れ口のある「x=300m」地点での拡散希釈後の硫化水素濃度Cを求めると、①では「開始時128~終了時71ppm」、②では「8.1~4.6ppm」、③では「0.8~0.4ppm」と算出されます【計算結果の表は省略】。
したがって、少なくともタンク気相部の曝気前分圧が0.1~0.01atm(100000~10000ppm)程度の場合、30分の曝気作業中に換気空調系から(1号機排気筒経由で)無処理放出された硫化水素は、2号機中央制御室・換気取入れ口やその周辺に‘有害濃度で到達する(作業員らに健康被害をもたらす)’可能性があることが分かります。
なお、排気筒からの拡散の場合は2号機中央制御室には「致死濃度」で達することはないようですが、ランドリドレン処理系の設備共用の廃止・接続配管の撤去などをしない限り、7.12事故同様のベントライン経由の逆流(隔離弁・曝気ポンプ・排気ポンプなどの故障・誤起動・不作動などにより)が生じた場合は、(1号機洗濯室や)2号機制御建屋に「致死濃度」以上で流出する可能性があることを忘れてはならないと思います。

≪東北電力のデータ隠し=有毒ガス防護の不備隠し≫
いずれにしても、「(タンク液相部の?)硫化水素濃度の測定値」(非開示文書「6~8」に記載?)が明らかになれば、今後も継続される無処理放出の危険性、ひいては2号機の有毒ガス防護の不備(規制委審査の誤り)も、具体的に明らかになるため、東北電力は必死に隠し続けるのだと思います(だからこそ、別稿記載のとおり、自治体にも強く非開示要請。今後の「審査請求・情報公開審査会の審議」が重要です)。
現状では、硫化水素が継続的に発生し続け、換気空調系・1号機排気筒から無処理放出され続け、2号機中央制御室もしくはその近傍に有害濃度で到達する可能性が十分にありますので、法的に求められた硫化水素の検出・警報装置なしの女川2再稼動・有毒ガス防護は、決して許されないと思います。
 <2023.7.7了 仙台原子力問題研究グループI>